雨音 10
僕らは唇を重ねている間、お互いの舌を噛んだり舐めたりしていた。そのまま食べてしまいたかったし、食べてくれないかと思っていたけれど、現実はそんなに甘くはなくて、僕らはただ舌を絡めたり緩めたりしていた。
それ以上の行為はなかったし、僕らは興奮していたかどうかも定かではない。
ただ、今するべき行為に感じて唇を重ね続けていた。
結城からの招待状はポストにきちんと入れられていた。
【絶対きてね】
という手書き文字入りで。
「本当に、一緒に行く?」
愛に確認すると間髪入れずに頷いていたので、次の休みに二人で行くことにした。
結城の店は、結城らしく雑誌から抜け出てきたようなおしゃれな店に仕上がっていた。つい最近まで空っぽだったとは思えないほど。
店の中に入ると数人の客とカウンターの中で楽しそうに笑う結城の姿。
あの笑顔は高校時代から変わらない。
「あ!藍田くん!」
僕に気付いた後、結城は愛に視線を移した。一瞬で嫌な表情になる。しかしすぐにまた笑顔を見せて、カウンターの席に座れと促す。
僕はどうしても今の結城の表情の変化が気になったけれど、愛は特に気にしていない様子だった。
「お友達なの?」
「そうですよ」
僕が答えるより早く、にこにこした顔の愛が言う。こう見るととても好青年に見えて、驚く。
「いつから?」
「それを知ってどうなるんですか?」
「何も、ないけど」
結城の表情が曇り、愛の笑顔は強さを増す。僕は何も言えないまま、二人を見ていた。結城どうしてそんなことを聞いてくるのだろうか。僕らはそんなに年が離れているわけでもないから、友達だと聞いても別に変なことはないだろうに。
「藍田くんって、モテてたのよ」
唐突に結城が言い出す。
「モテてなんてないよ」
「それは藍田くんが知らないだけよ。本当にモテてたの。だから、私話しかけられるような仲でよかったと思って」
そんな仲ではない。
少なくとも、僕はそうは思ってない。
「だから、藍田くんってどんな人と付き合うのかなって思ってたけど、高校の時誰とも付き合わなかったよね」
確かに誰とも付き合わなかったが別に告白されたわけでもないし、興味もなかった。
「なんで、誰とも付き合わなかったの?」
「興味がなかったんじゃないですか?」
「女の子に?」
「あなたに」
「どういう意味?」
「そのままの意味ですけど」
愛がこんな風に攻撃的に話すと思わなかった。結城は困惑した表情で僕を見る。
「愛、どうした?いつもと違う」
「愛?女の子なの?」
「違いますよ。僕は男です。変な名前ですか?」
結城は黙ったまま、僕らが注文したものを用意し始めた。
僕がちらりと愛を見ると、刺々しい会話をしたとは思えないほどの清々しい顔をしている。
それからは普通に結城は他の人の接客などをして過ごした。けれど帰り際、もう一度愛との関係性を聞かれた。
「友達だよ。最近知り合ったんだ」
「そう。服の趣味も、似てるのね」
「そんなに似てないよ」
店を出て、愛に聞く。
「なんで、あんな言い方するんだ?」
「なんで、あんなに自信があるんですかね」
「結城が?」
「シュウさんが自分に興味があったはずって」
「そんな風に見えた?」
「ええ。それに、あの人まだ、シュウさんのこと好きですよ」
それ以降、愛は何も話してくれなかったから僕も質問はやめてしまった。
この言葉が、的中するなんて、僕は全く想像していなかった。